スポンサーリンク
私がかつて、携帯電話の修理工場で管理責任者をしていた時のお話です。
普段の私は修理工場で現場内をぐるぐる回りながら、ちゃんと各工程が滞りなく動いているかの確認を行うのが仕事でした。もちろん、作業する人1人1人の仕事の動きや顔色を始め、体調なども見て回っていました。
1時間に1回程度ぐるぐるとまわり、問題が無ければ、自分の作業机に戻り事務仕事などをしていました。
また、親会社の社員さんたちがいる部屋に呼び出されたり、他の階にいる親会社の他の事業者さんたちとの接待など、様々行っていました。
もちろん現場をぐるぐる回りながらちょこちょこと現場の人たちと世間話なんかもしておりましたが、立場上長話をするのもまわりの目がありましたので、ほとんどじっくりと会話をするということはありませんでした。
こういったある程度の組織では誰か特定の人と良く話をしてしまうと、ひいきしていると思われ、派閥だとか仲間外れとか、無用な人間関係に巻き込まれるのが嫌だった私は極力プライベートも誰かと一緒に食事に行くとかもしておりませんでした。
ましてや、半分以上が奥様方のパートで支えられていた職場でしたので、女性の派閥とか陰口なんかにも極力耳を貸さないようにしておりましたし、変に誰かに加担をすると仕事そのものに影響が出かねない状況でありましたので下手にそこらへんに首を突っ込むというようなこともしておりませんでした。
そんな状態でしたので、作業をしてもらっている1人1人のプライベートも極力こちらから首を突っ込むことなく過ごしておりました。
また、現場責任者としましては全員分のシフトを一括管理したり、新しい人の面接や初日の講習、ロッカーの手配や制服の管理、名簿作成などもほぼ私1人で行っていました関係上、仕事でぐるぐる回っているときに、ときどき呼びとめられることが多々ありました。
「ちょっといいですか?」
なんだろう?と思って返事をすると、
「休憩室でお話ししても良いですか?」
と言われる。
休憩室とはその名の通り、現場から出て、別の場所に設けられている休憩スペース。
ここは主に面接をするときに使わせてもらっている場所で、普段は作業をしている人たちの休憩所になっている場所です。
で、ここに声をかけてきた作業員と私の2人だけで重い話が行われていくのです(笑)
今回ご紹介するのは40歳前後の独身女性。(ちなみにこのとき私は30代前半。。)
普段から無口で頑張りやさんの彼女ですが、他の奥様方とどんな会話をしているのか全く分からない女性でした。
こういうパターンってほとんどが今月末で辞めたいとか、いついつまでで辞めたい、とかあの人のやり方が気に食わない、とか、そういう話がほとんどなんですが。。。
このとき彼女から出てきた言葉は、私が経験してきた中で一番重いお話でした。
「今月末で仕事を辞めたいんですが。。」
ここまでは想像できました。
「何か理由があるんですか?」と私。
しばらくの沈黙の後
「実は今付き合っている彼がいまして。。。彼の調子が悪くて検査入院をしていたのですが、昨日結果が出て、末期のすい臓がんだということが分かり、余命3カ月とのお話がありまして。。。彼のそばについていてあげたいので仕事を辞めたいんです」
というのです。
あなたなら、このあと何と答えるでしょうか?
仕事はできる人で責任感もある。他の理由であればある程度引きとめることも考えていました。
このときの私の脳裏に思いだされたのは、天才バカボンなどで有名な赤塚富士夫さんのお話でした。
この方、最後は植物人間のような格好で寝たきりの晩年だったのですが、このとき連れ添っていた奥さんが看病の末、先に亡くなってしまったというお話をテレビか何かで見て知っていました。
そのお話を例に挙げ、この方にやさしくお話をしました。
「あなたの気持ちはとても良く分かりました。あなたが一緒にいたいという気持ちはだれにも止められません。ただ、彼はおそらく亡くなるでしょう、そのあとのあなたの生活はどうするんですか?一緒に後を追うというのであれば私は引きとめますよ。」
「(ここで赤塚富士夫さんのお話をしました。)看病する側も相当に精神的に参ってしまうようです。ましてや、一緒にいるあなたが毎日暗い顔をしていても彼のためにはならないのではないですか?」
「ここで、私に提案があります。今までのようにフルタイムでなくても構いません。逆に毎日彼の顔を見続けていくよりかはリフレッシュをするために仕事に出てきませんか?そうすれば、彼がなくなった後に新しい仕事を探す精神的なストレスはなくなりますし、おそらく気分的には落ち込むと思います。その時に今までやっていた仕事であれば比較的楽に復帰ができるのではないでしょうか?」
こんなようなことを結構長めにお話ししたと思います。
彼女のためを思うのであれば、もちろん、彼女の言うとおり仕事を辞めてもらってずっと一緒に彼のもとで生活をすることも良かったのかもしれません。
しかし、私は現場責任者として彼女を失うのも惜しい。それ以上に私個人として考えたときに、彼女の生活を誰が面倒みるのか?それは結果的には彼女自身しか自分を助けてくれる人はいないという悲しい現状を伝えることで、仕事は慣れた仕事を選んだほうが、つまり今の仕事を継続した方が結果的には彼女自身のためになる、ということを訴えました。
このときの彼女は1日考えさせて下さい、と私に伝え、このことは口外しないこと、伝えるのは上司だけにするということを彼女と約束しました。
翌日、よくよく考えての結論であると私は思いましたが、
「しばらく様子を見ながら仕事を続けさせてください」
と彼女は言ってきました。
「何かあった時はいつでも言ってください。半日出勤でも午後出勤でも打ちとしては大丈夫ですよ。頑張ってくださいね。」
と声をかけました。
このあと、彼女はしばらくそれまでどおり働き続け、あるときから1週間ほど休みました。
おそらくこのとき彼がなくなったのだろうと思います。
その後、復帰初日に私のところへやってきて、彼女は頭を下げました。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。彼が亡くなり、無事落ち着いたのでまた仕事をさせてもらいますのでよろしくお願いいたします。」
「大変でしたね。しばらくは気持ちの整理もなかなかつかないかもしれませんが、頑張りましょうね。まだあなたの人生を生きなくちゃなりませんよ」
と伝えました。
この後、携帯電話の修理工場が閉鎖される最後の日まで彼女は頑張って働いていました。
携帯電話の修理工場最後の日、彼女がわざわざやってきて、
「お世話になりました」
と深々と頭を下げました。
「お互い頑張りましょうね」
そう言って彼女と別れたのを今でもはっきりと覚えています。
いま彼女がどこでどうしているかは分かりませんが、今も元気に働いていることは間違いないと思っています。
スポンサーリンク